多自由度コロキウム

第1回 (4月14日)

効率ではなく仕事率を最大化する熱機関に普遍則は存在するか?

  • 日時  4月14日(火) 15:00〜17:00
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  泉田 勇輝 氏 (名古屋大学)
  • 要旨  カルノーによる熱機関の最大効率(カルノー効率)の理論は熱力学の講義で必ず習うが、これは準静的極限を仮定するため、仕事率(単位時間あたりの仕事、パワー)はゼロとなるという実用上の問題点がある。1970年代にCurzonとAhlbornはこうした問題意識から簡単な熱機関の数理モデルを提案し、その最大仕事率時の効率がカルノー効率のように熱源の温度のみで決定される公式(Curzon-Ahlborn(CA)効率)を導いた[1](実は50年代にも既に同様な導出は行われており、最近の報告によればその起源は20年代にまで遡るとされている[2])。

    CA効率はH.Callenによる有名な熱力学の教科書[3]にも載っている話題であるが、つい最近まで理論物理学サイドではあまり注目されてこなかった。こうした状況は、近年、CA効率が温度差の小さい線形非平衡系においては熱機関の最大仕事率時の効率の上限値であることが示された[4]ことで一変した。一方、[4]による証明ではOnsagerによる線形不可逆熱力学が用いられており、熱電変換系などの定常熱機関への適用は分かりやすいものの、実際のサイクル過程に基づく熱機関に適用可能かどうかは自明ではなかった。

    講演ではこうした背景を説明した後、よりミクロな視点から熱機関の最大仕事率時の効率に関して行った我々の仕事について紹介する。我々は理想気体を作業物質とした有限時間カルノーサイクルのモデルを提案し、その最大仕事率時の効率をシミュレーションと分子運動論による解析によって調べた[5]。その結果、一般に温度差が大きい領域ではCA効率と一致しないが、温度差を小さくする極限でCA効率に一致するという結果が得られた。またエントロピー生成率の解析によって有限時間カルノーサイクルを記述する熱力学的力と流れを同定し、Onsager関係式をこの系のパラメータを含んだ形で導出する。その結果、このモデルが[4]の効率上限を満たすモデルとなっていることを解析的に示すことに成功した[6]。サイクル動作する熱機関をこのようにOnsager理論で記述するという発想はそれ以前にはないものであり、(例えば熱電変換系のような)定常熱機関とこのようなサイクル熱機関におけるCA効率の普遍性を統一的に理解することを可能とすることを説明する[7]。

    最後に、こうした理論の応用問題として、スターリングエンジンの実演も交えながら熱源のサイズが有限の場合に取り出せる仕事の限界を最大仕事率時の議論へと拡張した最近の結果[8]についても簡単に紹介したい。
  • 参考文献
    [1] F. Curzon and B. Ahlborn, Am. J. Phys. 43, 22 (1975)
    [2] A. Vaudrey, et al., arXiv:1406.5853.
    [3] H. Callen, Thermodynamics and an Introduction to Thermostatistics (Wiley, New York, 1985), 2nd ed., Chap. 4
    [4] C. Van den Broeck, Phys. Rev. Lett. 95, 190602 (2005)
    [5] Y. Izumida and K. Okuda, EPL 83, 60003 (2008)
    [6] Y. Izumida and K. Okuda, Phys. Rev. E 80, 021121 (2009)
    [7] Y. Izumida and K. Okuda, arXiv.1501.03987 (submitted)
    [8] Y. Izumida and K. Okuda, Phys. Rev. Lett. 112, 180603 (2014)

第2回 (4月17日)

How is the biodiversity maintained?

  • 日時  4月17日(金) 13:00〜
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  御手洗 菜美子 氏 (ニールスボーア研究所)
  • 要旨  Ecological systems comprise an astonishing diversity of species that cooperate or compete with each other forming complex mutual dependencies. The minimum requirements to maintain a large species diversity on long time scales are in general unknown. We approach this question with by using mathematical models.

    We first introduce our analysis of phage-bacteria ecosystem using the generalised Lotka-Volterra equations [1]. The competitive exclusion principle states that phage diversity M should not exceed bacterial diversity N. When bacteria are living on the same resources, a further constraint that the diversity N of bacteria to be M or M+1 in terms of the diversity of their phage predators should be met. We quantify how the parameter space of coexistence exponentially decreases with diversity. For diversity to grow, an open or evolving ecosystem needs to climb a narrowing ‘diversity staircase’ by alternatingly adding new bacteria and phages. This analysis can be extended to multi-trophic level ecosystem, unraveling the constraints on the food web structure [2].

    The narrowing parameter space for larger diversity can be greatly loosened when the space is explicitly considered. For the latter half of the talk, we will introduce a model for the evolution of mutually excluding organisms that compete for space, inspired by lichen communities [3,4]. Competition is controlled by an interaction network with fixed links chosen randomly. New species are introduced in the system at a predefined rate. In contrast to its non-spatial counterpart, our model predicts robust coexistence of a large number of species. In the limit of small introduction rates, the system becomes bistable and can undergo a phase transition from a state of low diversity to high diversity. We suggest that isolated patches of metapopulations formed by the collapse of cyclic relations are essential for the transition to the state of high diversity.
  • 参考文献
    [1] Haerter, Jan O., Namiko Mitarai, and Kim Sneppen. "Phage and bacteria support mutual diversity in a narrowing staircase of coexistence." The ISME journal 8, 2317-2326 (2014).
    [2] Haerter, Jan O., Namiko Mitarai, and Kim Sneppen. "Food web assembly rules." arXiv preprint arXiv:1501.04497 (2015).
    [3] Mathiesen, Joachim, Namiko Mitarai, Kim Sneppen, and Ala Trusina. "Ecosystems with mutually exclusive interactions self-organize to a state of high diversity." Physical review letters 107, no. 18 (2011): 188101.
    [4] Mitarai, Namiko, Joachim Mathiesen, and Kim Sneppen. "Emergence of diversity in a model ecosystem." Physical Review E 86, no. 1 (2012): 011929.

第3回 (5月7日)

Wasserstein幾何とφ-情報幾何

  • 日時  5月7日(木) 13:00〜
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  高津 飛鳥 氏 (首都大学東京)
  • 要旨  Wasserstein幾何と情報幾何は共に確率測度のなす空間上の幾何ですが、その様相は大いに異なります。 まずWasserstein幾何は距離の幾何で、情報幾何は計量(Fisher計量)と接続の幾何です。ここで例えば実数上の正規分布がなす空間を考えると、この空間は平均と分散によってパラメータ付けられるので上半平面に同相です。そしてこの空間はWasserstein距離に関してはユークリッド的ですが、Fisher計量に関しては双曲的です。このように大きく異なる二つの幾何は輸送不等式によって結び付いています。本講演ではWasserstein幾何とφ-情報幾何の定義や幾つかの性質を与えた後に、輸送不等式の説明をし、そして両幾何を用いた応用について話します。

第4回 (6月16日)

過完備基底を用いたデータ圧縮

  • 日時  6月16日(火) 15:00〜
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  小渕 智之 氏 (東京工業大学大学院総合理工学研究科)
  • 要旨  与えられたデータを少数の自由度で有効に記述することにより、情報処理において、ノイズ耐性や汎化性能を上げることができる。これがスパースコーディングの肝である。このアイデアは、古くは主成分分析(1901)にもすでに観ることができるが、Compressed Sensing が画像再構成において非常に良い性能を近年示したことで、スパースコーディングが再度注目を浴びている。このような背景のもと、我々は最近、過完備な行列(過完備な基底ベクトルのセット)からデータをうまく記述するような基底ベクトルを少数選び出すことによって、有効にデータを圧縮する方法論を考えだし、さらにその性能解析を行った。本講演では、この最新の成果を報告する。

第5回 (7月23日)

Fast forward of adiabatic quantum dynamics and quantum tunneling phenomena

  • 日時  7月23日(木) 15:00〜 (懇親会 18:30〜)
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  中村 勝弘 氏 (ウズベキスタン国立大学)
  • 要旨  We propose a method to accelerate any given dynamics of wave functions (WFs) in quantum mechanics for the purpose of obtaining a final state in any desired short time [1]. We do so by applying a suitable extra driving potential or force. As an important example, we show the acceleration of adiabatic transport, splitting and squeezing of WFs. The theory is also applicable to the optical lattice of BEC described by the macroscopic quantum mechanics which includes the nonlinearity [2]. Recently we succeeded to accelerate both amplitude and phase of WFs throughout the time evolution of fast-forwarding [3]. The new theory is applied to fast-forward of the tunneling phenomena.

番外編(天白ゼミ)(7月25日)

Quantum pressure for slowly and rapidly moving pistons

  • 日時  7月25日(土) 10:30〜
  • 講演者  中村 勝弘 氏 (ウズベキスタン国立大学)
  • 要旨  Concentrating on the thermally-isolated process, we obtain the non-equilibrium equation of states for a quantum gas in a nano-scale container under control of a moving piston [1]. We consider two limiting cases of very slow and very rapid pistons, taking the Fermi velocity as a velocity standard. We show the non-equilibrium effect of the moving piston on Bernoulli's law and Poisson's adiabatic equation, available from two different expressions for the expectation of pressure operator. Byproducts of our work include an asymptotic analytical expression for the multiple-peak structure in the spectrum of the transition probability, which justifies the fluctuation theorem for the quantal system with a very rapid piston [2].

第6回 (10月5日)

量子測定理論に基づく量子熱機関の定式化と、有限多粒子熱機関の最適効率の導出

  • 日時  10月5日(月) 15:00〜
  • 場所  名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室  キャンパスマップ
  • 講演者  田島 裕康 氏 (理化学研究所)
  • 要旨  量子熱機関に関する統計力学的な解析が、近年非平衡統計力学、量子情報理論の双方で盛んに行われている。こうした研究においては、熱力学的不等式の再現[1,2]、情報と熱力学の関係 [3,4]、ナノスケールでの熱力学不等式の、熱機関本体(working body)の有限サイズ効果による変化[5,6]、有限時間動作、最大パワー時の効率上限[7,8]などが調べられている。

    一方で、これらの研究は、様々な別の量子熱機関の定式化に基づいて行われており、相互のモデルの関係は明らかになってこなかった。また、その解析は、熱浴が無限に大きい事が仮定されているか、系と熱浴が準静過程として、ギブス状態を保ったまま時間発展できることが仮定されていた。

    この状況を踏まえ、まず我々は、量子測定理論に基づく量子熱機関の定式化を行った。我々の定式化は、「取り出した仕事の量を知る方法がある熱機関」全てを記述することができ、これまでの様々なモデルを分類・比較することができる。これによって、これまで主として統計力学の分野で用いられて来た、熱機関と熱浴をユニタリ時間発展させるというモデルには、取り出した仕事の量を認識できないという問題点があることが明らかになる。併せて、この問題点をどうすれば修正できるかの処方箋を与える。

    次に、熱浴と熱機関をどちらも有限多粒子系として取り扱い、その最適効率の漸近展開を、実際に最適効率の操作を構成してみせる事で与える。我々の結果はエネルギー保存だけを仮定し、これまでの多くの最適効率の研究で用いられて来た準静過程の存在は仮定しない。我々はまた、エネルギーの取り出し先の系Eを具体的に考えた場合の、Eのエントロピーの増加量に関する上限を与える不等式を示した。この不等式は、取り出したエネルギーが、非常にエントロピーの少ない形態である事を示している。最後に、我々の結果の応用として、熱浴の再利用の問題を議論する。具体的には、熱浴がどの程度熱力学的操作によるバックアクションを受けるかを見積もり、熱浴の粒子数が無限大になる極限で、熱浴の初期状態と終状態が一致するための必要十分条件を与える。

    本研究は名古屋大学の林正人教授との共同研究であり、詳細は以下から入手可能である:
    http://arxiv.org/abs/1504.06150
    http://arxiv.org/abs/1405.6457
  • 参考文献
    [1] H. Tasaki, arXiv:cond-mat/0009244 (2000).
    [2] P. Skrzypczyk, A. J. Short and P. Sandu, Nature Communications 5, 4185, (2014)
    [3] T. Sagawa and M. Ueda, Phys. Rev. Lett. 104, 090602 (2010).
    [4] L. Rio, J. Aberg, R. Renner, O. Dahlsten, and V. Vedral, Nature,474, 61, (2011).
    [5] M. Horodecki and J. Oppenheim, Nat. Commun. 4, 2059 (2013).
    [6] F. G. S. L. Brandao, M. Horodeck, N. H. Y. Ng, J. Oppenheim, and S. Wehner, PNAS, 112,3215(2015).
    [7] C. V. D. Broeck, Phys. Rev. Lett. 95, 190602 (2005).
    [8] Y. Izumida, and K. Okuda, Phys. Rev. Lett. 112, 180603 (2014).

名古屋大学 情報科学研究科 複雑系科学専攻 多自由度システム情報論講座