多自由度システム情報論講座

多自由度コロキウムとは

多自由度コロキウムは、講座の枠を超えた学術交流を目的とする講演・討論会です。月に一回程度のペースで講師を招待し、聴講・議論を行います。興味のある方の参加を歓迎します。

コロキウムは、(2017年度前期は)原則として、火曜午後15時から、情報学研究科棟 の8階セミナー室(802号室)で行います。


第1回

複数物理量を用いた量子熱機関の最適性能に対する熱浴の有限サイズ効果

要旨:本講演では、複数物理量を用いた量子熱機関の普遍的な最適性能が、熱浴の有限性によってどのような影響を受けるか、一般的な熱浴のスケーリングのもとで明らかにした、我々の最近の結果[1]について解説する。

近年、量子情報理論などを応用して、量子的なミクロ系までを対象とした熱力学的法則を調べる研究が活発になされている[2]。一方、主に熱機関の作業物質の部分の微小性を対象としており、熱浴の有限性に着目した研究は少ない。量子的な熱機関を考える場合、熱源の有限性も考慮するのが自然である。

最近、田島・林[3]によって、熱機関の熱浴が独立同一分布に従う有限粒子からなる場合に、粒子の個数に応じたカルノー効率への補正が導出された。しかし、これは粒子数の変化を伴う熱機関や、近年研究されている複数の量子物理量を用いた熱機関[4]を対象外としている。これらは電池や化学反応とも関わり応用上も重要である。さらに、これに限らず量子熱力学の一般論での系のスケーリングは、独立同一分布に基づくものが殆どであった。これは体積のような自然なスケーリングをカバーせず、量子統計や相互作用のある場合も対象外である。特に、粒子数変化を考える場合には体積によるスケーリングが自然である。

そこで、我々は独立同一分布に限らず、物理量の示量性に着目した一般的なスケーリングを扱う方法を考案した。そして一般に非可換な複数の物理量を用いた熱機関について、熱浴がこの一般的なスケーリングに従う場合に、その大きさに依存した熱機関の最適性能を調べた。熱力学極限では、エネルギーのみが関わる場合のCarnot boundを一般化した、仕事量の上限を与える不等式(generalized Carnot bound)が成立し、それぞれの物理量に対する一般化逆温度と、物理量たちの熱的な移動量のみで与えられる。これに対し有限サイズ効果の補正を取り入れた仕事量の上限を与える不等式(fine-grained generalized Carnot bound)を導出した。これにより、補正項に一般化逆温度だけでなく、物理量たちの非可換性を反映したカノニカル相関が現れるという興味深い構造が明らかになった。さらに、最適性能を達成するプロトコルを一般に構成し、達成可能性を示した。

また実際に、体積でスケールされた理想気体を熱・粒子浴として用いた場合の具体例などに適用し、有限効果にどのように系のパラメータが反映されるかを見る。

[1]K. Ito and M. Hayashi, arXiv:1612.04047
[2]S. Vinjanampathy and J. Anders, Contemporary Physics, 57, 545 (2016)
[3]H. Tajima and M. Hayashi, arXiv:1405.6457
[4]Y. Guryanova, S. Popescu, A. J. Short, R. Silva, and P. Skrzypczyk, Nat. Commun. 7, 12049 (2016)


第2回

Virtual ECOSYSTEM -Web上に生態系を模倣する試み-

要旨:不特定多数のユーザーが世界中のあらゆる地域からウェブを介して24時間365日いつでもVirtual ECOSYSTEMにアクセス可能であり、種まき・除草・治療といったアクションを起こす事ができます。Virtual ECOSYSTEMで起こる、個体群動態や感染症動態は長期間、ログとして蓄積されビックデータとなります。この様なWeb上での大規模な”実験”は極めて独創的であり類を見ない試みです。今回は、Virtual ECOSYSTEMのが概要を説明し、大学学部授業で行ったVirtual ECOSYSTEMを用いた実験で得られたデータを紹介したいと思います。


第3回

量子熱電素子の熱効率:時間反転対称性の破れと非弾性散乱の効果

要旨:熱電素子は廃熱を電力に変換するデバイスとして注目されているが、その効率は依然として低いままである。そこで、近年の微細加工技術の発達に伴い、量子効果を利用できるメゾスコピック系の熱電素子が注目されている。Benentiらは、そのような熱電素子において、磁場などで時間反転対称性を破り、オンサーガー行列を非対称にすると効率が上がり、カルノー効率かつ有限パワーが禁止されないと主張した[1]。これは一見すると熱力学第2法則に反するように見え、カルノー効率かつ有限パワーが可能であるかどうかに関する多くの研究がされてきた[1-4]。

我々は量子熱電素子においてこの主張を検証した。量子熱電素子においては、時間反転対称性を破ってオンサーガー行列を非対称にするためには、磁場に加えて非弾性散乱が必要であることが分かっている [1,2]。そこで我々はAharonov-Bohmリングで磁場を、電子フォノン相互作用で非弾性散乱を導入し[5]、電子による熱流をゼロにするような温度を選ぶプローブ条件のもとで、フォノンによる熱流によりパワー(電力)が生成される2端子熱電エンジンを考えた。このモデルを用いた解析により、以下の二つの結果を得た[6]。まず、Benentiらの主張とは異なり、このような有効的な2端子デバイスにおいて、有限の磁場のもとではカルノー効率は達成できないことを示した。 また、フォノン熱流が電流を駆動するときの熱電効率は、時間反転対称性の破れによって、従来の熱電素子よりも劇的に高くなりうることを発見した。

[1] G. Benenti, K. Saito, and G. Casati, Phys. Rev. Lett. 106, 230602 (2011).
[2] G. Benenti, G. Casati, K. Saito, and R. Whitney, arXiv:1608.05595 (2016).
[3] N. Shiraishi, K. Saito, and H. Tasaki, Phys. Rev. Lett. 117, 190601 (2016).
[4] N. Shiraishi and H. Tajima, arXiv:1701.01914 (2017).
[5] O. Entin-Wohlman and A. Aharony, Phys. Rev. B 85, 085401 (2012).
[6] Kaoru Yamamoto, Ora Entin-Wohlman, Amnon Aharony, and Naomichi Hatano, Phys. Rev. B 94, 121402(R) (2016).


第4回

To be or not to be — qubits don’t think, therefore we don’t know!

Abstract: Long time ago, in a distant minuscule scale… Quantum wars! The republic of researchers fought over the structure of the small world, throwing probabilities, hidden variables, and laws for their senate to discuss. The discord spread around facts, counter examples, contradictions, and inconsistencies, with various sages questioning whether signals could spookily travel faster than light [1], others saying that such signals could not be, but the theory still could [2,3]. The underlying nonlocal structure started to be accepted as factual, when overall dismay increased with a new questioning: why not more nonlocality [4]? As the republic of letters stalled new doubts, we come forth this discussion with an old but renewed argument: the indifference of minuscule packets, including information packets, a.k.a. indistinguishability(*). We try to restore peace and harmony to the microscopic world by showing that indistinguishability limits the nonlocality achievable by quantum means. Therefore, if we require indistinguishability, the correlation bounds known to the masters [5] shall not be violated by any black box.

(* a.k.a. indistinguishability = also known as indistinguishability)

[1] Einstein, A., Podolsky, B. & Rosen, N.: Can quantum mechanical description of physical reality be considered complete? Phys. Rev. 47, 777-780 (1935). https://journals.aps.org/pr/abstract/10.1103/PhysRev.47.777
[2] Bell, J. S.: On the Einstein Podolsky Rosen paradox. Phys. 1, 195-290 (1964). https://cds.cern.ch/record/111654/files/vol1p195-200_001.pdf
[3] Clauser, J. F., Horne, M. A., Shimony, A. & Holt, R. A.: Proposed experiment to test local hidden variable theories. Phys. Rev. Lett. 23, 880-884 (1969). https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.23.880
[4] Popescu, S. & Rohrlich, D.: Quantum nonlocality as an axiom. Foundations Phys. 24, 379-385 (1994). https://link.springer.com/article/10.1007/BF02058098
[5] Cirel’son, B. S.: Quantum generalizations of Bell’s inequality. Lett. Math. Phys. 4, 93-100 (1980). https://link.springer.com/article/10.1007/BF00417500
[6] Amorim, C. S.: Indistinguishability as nonlocality constraint. arXiv:1610.03605. https://arxiv.org/abs/1610.03605