生物の数理モデルとパラメータ推定

2020.12.30, by Yuma Taguchi

生物の個体数の変動を表すモデルとして,最も簡単なものの1つに,マルサスモデルがある。マルサスモデルは,個体数$x$を時間$t$の変数と考えて,その増加速度が現在の集団のサイズに比例すると考えて, $$ \dfrac{dx}{dt}=mx $$ で表せる。ここで,$m$は,1個体当たりの増加率(=マルサス係数)を表している。この微分方程式の解は, $$ x(t)=x(0)e^{mt} $$ であり,個体数は指数的に増殖するという結果となるが,これは現実の生物集団の個体群ダイナミクスとは異なる結果であることがわかる。

現実の生物集団では,個体数が多くなるほど,生存に必要な資源などが得にくくなるため,個体あたりの増加率は減少していくはずである。このような,同一種内でのなんらかの相互作用のことを密度効果と呼ぶ。この密度効果を考慮し,より現実に近いモデルとして考えられているのが,Logisticモデル: $$ \dfrac{dx}{dt}=rx\left(1-\dfrac{x}{K}\right) $$ である。ここで,$r(>0)$は内的自然増加率を,$K(>0)$は環境収容力を表す。このモデルにおいては,先ほどのマルサスモデルと比較して,1個体当たりの増加率$m$が

$$ m=r\left(1-\dfrac{x}{K}\right) $$ という,個体数$x$の関数の形に置き換わっている。この項は,個体数が0に近いときには,指数関数的増殖に見られた最大増加率に近づくが,個体数が増加するにつれて,$1-x/K$が徐々に小さくなることで,1個体当たりの増加率は減少し,やがて0になる。また,個体数が環境収容力$K$を超える場合には,負の効果を与えることになる。この項は,個体数の増減によって変化する,密度効果を表していると言える。密度効果は,なんらかの種内競争の結果とも言えるだろう。このLogisticモデルの解の挙動を示したものが以下の図である。

logistic

では,ここで種数を増やして2種以上の生物の個体数変動を考えるとする。このとき,それらの生物は互いに影響を与え合っていることが考えられる。このような,異なる種間で作用する相互作用を,種間相互作用という。2種の生物の捕食-被食作用による個体数変動を表したモデルとして,Lotka-Volterra捕食者被食者モデル: $$\begin{aligned}\dfrac{dx}{dt}&=ax-bxy\\ \dfrac{dy}{dt}&=cxy-dy\end{aligned}$$ がある。$x$, $y$はそれぞれ被食者,捕食者の個体数,$a$は捕食者が存在しないと仮定したときの被食者の増殖率,$b$は捕食者が被食者を被食することで,被食者の増殖速度を抑制する効果,$c$はそれに対し捕食者の増殖速度を増大させる効果,$d$は被食者がいないと仮定したときの捕食者の増殖率を表す。このモデルにおいて,種間相互作用を表しているパラメータは,$b$と$c$であり,この値により,捕食者と被食者の相互作用の強さを決めている。

このような,捕食被食関係ではなく,競争関係にある2種の個体数変動を表したモデルとして,Lotka-Volterraの競争モデル: $$ \begin{aligned}\dfrac{dx}{dt}=r_{1}x\left(1-\dfrac{x}{K_{1}}\right)-\beta_{12}xy \\ \dfrac{dy}{dt}=r_{2}x\left(1-\dfrac{y}{K_{2}}\right)-\beta_{21}xy\end{aligned} $$ がある。このモデルでは,第1項が前項で述べたLogisticモデルの形で,密度効果を表しており,第2項が,種間相互作用の効果を表している。$\beta_{12}$,$\beta_{21}(>0)$を種間競争係数といい,$\beta_{12}$は$y$が$x$の個体数増加に与える効果の大きさを,$\beta_{21}$は$x$が$y$の個体数増加に与える効果の大きさを表している。

このように,モデルのパラメータの値によって,種内競争の影響の大きさ,および種間相互作用の影響の大きさをモデルに反映させることができる。すなわち,実際のデータに対応するパラメータの値を知ることで,その種の相互作用の関係や大きさが推定できるということになる。

我々はこの問題に対し,より大規模な群集に対するモデル,例えばGeneralized Lotka-Volterra方程式: $$ \frac{dx_i}{dt}=x_i\left(r_i+\sum_{j=1}^{N}a_{ij}x_j\right) \qquad (i=1,2,\cdots,N) $$ のパラメータ推定を行い,大規模な群集の相互作用の向きや大きさを特定し,その群集の制御を可能にすることを目的としている。例えば,腸内細菌叢は近年様々な疾患に関連していることがわかってきているが,その大規模で複雑な相互作用は完全には解明されていない。しかし,これが解明されることにより,腸内細菌叢の制御が可能になり,疾患の予防や治療に役立てることが可能になると考えられる。

しかし,実際にこの大規模な群集のパラメータ推定を行おうとすると,計算資源等の問題から現実的でない場合が多い。そこで我々は,この大規模群集に対応するパラメータ推定を効率的に行う手法について,先行研究をもとに検証を行っている。

参考文献
  • 田口優真. 多自由度非線形進化力学系における相互作用の推定. 名古屋大学情報文化学部 卒業論文. 2020.
  • 田口優真, 時田恵一郎, “腸内細菌叢の数理モデルとその相互作用行列の解析”, 数理解析研究所講究録, No.2166 (2020).
  • Simeone Marino and Eberhard O Voit. An automated procedure for the extraction of metabolic network information from time series data. J. Bioinform. Comput. Biol., Vol. 4, No. 3, pp. 665–691, June 2006.